長谷川武 死刑囚

 

489 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 10:58:37 ID:bxTvPXAt

2010年5月30日(日) ETV特集
「死刑裁判」の現場 ~ある検事と死刑囚の44年~
住宅街で起きた強盗殺人事件
捜査検事に死刑囚から届いた9通の手紙
改めて知った死刑の現実
進まない情報公開
http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

490 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 10:59:11 ID:VkI2W4wz

★本日放送★  NHK教育 22:00~23:30   『ETV特集・死刑裁判の現場 「検事と死刑囚の44年」』
>住宅街で起きた強盗殺人事件  >捜査検事に死刑囚から届いた9通の手紙  >罪をどう受け止める 
>死刑の現実   >情報公開      他
おまけ: 【異常殺人カタログ・下川耿史+CIDOプロ 著 ~驚愕の200事件~ 作品社 1890円 】
「ネット殺人など日本社会を震え上がらせた昭和・平成の異常な殺人事件の概要と顛末を解説。阿部定や秋葉原などの有名事件はじめ、
カラオケの歌をけなされた果ての殺人など200件を収録する。」
http://www.amazon.co.jp/%E7%95%B0%E5%B8%B8%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%82%B0%E2%80%95%E2%80%95%E9%A9%9A%E6%84%95%E3%81%AE200%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E4%B8%8B%E5%B7%9D%E8%80%BF%E5%8F%B2/dp/4861822807

491 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 11:36:35 ID:MQPQyDbD

★本日放送★  
NHK教育 22:00~23:30   
『ETV特集・死刑裁判の現場 「検事と死刑囚の44年」』
土本氏には、死刑をめぐって生涯忘れられない記憶がある。
31歳の時、自ら取り調べた容疑者(犯行当時22歳・一人殺害)に死刑を求刑し、
最高裁で確定させた事件である。
死刑囚となったその青年と、土本は死刑が執行されるまで手紙を交わしていたのだ。
手紙から、変わりゆく死刑囚の心情をくみ取った若き日の土本は、執行を止められ
ないかと上司に恩赦をかけあうが死刑は執行された。
「検事」と「人間」―ふたつの人格が心の中でせめぎあう。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

492 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 11:43:46 ID:MQPQyDbD

土本氏31歳なら1966年。
1970年頃で死刑確定した
一人殺害の死刑囚って誰よ?

493 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 11:53:07 ID:MQPQyDbD

土本さんは東京から動いてないし・・
首都圏で一人殺害、死刑なら、これかなぁ・・
国分寺・主婦殺人事件
-経緯-
昭和41年5月21日、

無職の山谷武(仮名、当時22歳)は、東京都・国分寺の
山田秀夫方に強盗目的で押入り、妻のA子さん(当時40歳)を塗装用ナイフで メッタ刺しして金員を奪って逃走した。
当日の夜、会社から帰宅した夫の山田さんが妻の無残な死体を発見し直ちに警察に通報した。
警察は、殺害現場である六畳間にあるスポーツ新聞から指紋を押収。照合の結果、
逮捕歴のある山谷であることが判明。

同月25日、高円寺の自宅にいるところを逮捕した。
逮捕後の取調べで、「3月に勤めていた塗装店を解雇され借金の返済ができなく困窮。
父親は交通事故死で

弟は家出。

駅前で新聞販売している母親との2人暮らしで生活に苦しく て強盗をした」と動機を供述した。

山谷は、5月に入ってから小金井周辺をうろついて数件の強盗事件を起こしていた。
-死刑確定-
昭和43年4月×日、最高裁は山谷の上告を棄却して死刑が確定した。
494 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 12:01:53 ID:MQPQyDbD

ETV特集「“死刑裁判”の現場~ある検事と死刑囚の44年~」
▽住宅街で起きた強盗殺人事件
▽捜査検事に死刑囚から届いた9通の手紙
▽罪をどう受け止める ▽教育刑と応報刑
▽改めて向き合った死刑の現実
▽進まない情報公開 ▽裁判員制度1年
▽死刑とは何か

495 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 15:55:40 ID:3RT85Bi/

情報公開なんて必要ねえよボケ

496 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 16:07:47 ID:AyYkklac

絞首刑の瞬間
ttp://www.youtube.com/watch?v=K-6yRHfHNoE

497 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 16:31:02 ID:7F3YYPUN

>>495         なんで?

498 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 17:18:10 ID:MQPQyDbD

ニコチンババアも中国を見習え!

児童ら32人負傷で死刑=再発防止へスピード執行―中国
新華社電によると、中国江蘇省泰興市で4月29日、幼稚園児ら32人を刃物で襲い
重軽傷を負わせたとして、殺人未遂の罪で死刑判決が確定した男(47)に対し
30日、同省泰州市で刑が執行された。
中国では3月以降、児童を無差別に殺傷する事件が続発。福建省で小学生8人を
殺害した男に続き、江蘇省の事件でも発生から約1カ月で、死刑がスピード執行
された。殺人未遂であっても厳罰に処すことで、類似事件の再発を防止する狙い
があるとみられる。
一方、別の事件で死刑判決確定後に冤罪(えんざい)が明らかになったことを受け、
最高人民法院(最高裁)や公安省などは30日、死刑相当事件での証拠収集の厳格化
や違法な自白強要の禁止などを盛り込んだ規定を公布し、刑事司法制度の改革を
進める方針を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100530-00000029-jij-int

499 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 18:21:10 ID:bxTvPXAt

>>498
>違法な自白強要の禁止などを盛り込んだ規定を公布し
中国はこんなことも法律で決めてなかったのかよ
まぁ、中国のことだからしてなかったんだろうけど
これから先進国になろうとする国だから法制化するんだろうな

500 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 18:27:51 ID:v9LtuE5y

>>497
平民が知ってはならない事なんだよクソボケ

501 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 19:15:15 ID:HoME7UU7

複数で共謀して安易に人を殺す事件が頻発している。
多数の者で一人の者をいたぶり殺すのは嫌らしく許しがたい。
しかも、複数犯の場合、今までは往々にして刑が軽かった。
それがまたこう言う事件を誘発させているのだろう。
だから、複数で一人の者を殺した場合は、必ず全員死刑にする法習慣を作るべきだ。

502 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 19:28:48 ID:3RA/9lIY

>>501は大勢にイジメられた悲しい経験があるんだね
(^v^)クスクス(^v^)9m ( ^v^)ヒソヒソ(^v^ )ププッ(^v^)

503 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 19:35:57 ID:WmbblInu

>>501
そんな事件は昔の方が多かったけどなあ。

504 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 19:38:34 ID:ruTd4aYL

「人を殺した者は、死刑に処する。」
これでOK

505 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 19:55:52 ID:LDxR5s5L

>>504
そんな、短絡的な・・

506 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 20:16:48 ID:pYkowGt6

>>502
加害者乙   て言うか、実行犯か?

507 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 21:51:43 ID:R/f+hXgs

やたらと被害者・遺族感情とかぬかす検察が気に喰わない。
裁判官という連中も偉そうにしてて気に喰わない。
判例主義とかいう100年前の制度をいまだに維持してる
だから全然司法改革なんかできない。

508 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 21:55:10 ID:NVV5b0vX

>>504
せめて殺意は入れたいところ

509 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:02:31 ID:E4uDAS4S

土本さんの番組はじまったね

510 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:05:04 ID:KWlyaH/t

なかなか興味深いぞ

511 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:07:51 ID:E4uDAS4S

土本さんイケメンだね

512 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:13:30 ID:3RA/9lIY

土本って減ってる種類の犯罪を増えてるとか知ったかばっかりしてる奴か
そんな奴の話題はどうでもいい

513 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:48:57 ID:c1YR3yk6

吊せ吊せ
独楽のようにクルクルと吊せ
容赦するな

514 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 22:57:43 ID:foBD6VQX

国分寺・主婦殺人事件
-経緯-
昭和41年5月21日、

無職の長谷川武(当時22歳)は、東京都・国分寺の 山田秀夫方に強盗目的で押入り、妻のA子さん(当時40歳)を塗装用ナイフでメッタ刺しして金員を奪って逃走した。
当日の夜、会社から帰宅した夫の山田さんが妻の無残な死体を発見し直ちに警察に通報した。
警察は、殺害現場である六畳間にあるスポーツ新聞から指紋を押収。照合の結果、窃盗逮捕歴の ある長谷川であることが判明。

同月25日、高円寺の自宅にいるところを逮捕した。
逮捕後の取調べで、「3月に勤めていた塗装店を解雇され借金の返済ができなく困窮。
父親は都電に轢かれて死亡、

弟は家出。

駅前で新聞販売している母親との2人暮らしで生活に苦しく て強盗をした」と動機を供述した。

長谷川は、5月に入ってから小金井周辺をうろついて数件の強盗事件を起こしていた。
-死刑確定-
昭和43年4月×日、最高裁は長谷川武の上告を棄却して死刑が確定した。
文鳥を飼っていた。

515 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:01:08 ID:Lbj0JIAW

長谷川さんって一人しか殺してないんだよなあー
自分が死刑求刑した人に恩赦を期待するとかなんか複雑だyなあ

516 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:03:02 ID:foBD6VQX

>>515
土本さんは捜査検事で死刑求刑は公判検事

517 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:04:55 ID:foBD6VQX

昭和41年5月犯行で、昭和43年4月最高裁で確定とはえらく早い

518 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:06:43 ID:c1YR3yk6

いつ執行されたんだ?

519 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:07:32 ID:c1YR3yk6

飼っていた文鳥も吊されたのか?
「誠に不本意ながらご主人様のお供を致します…」

520 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:08:08 ID:foBD6VQX

国分寺・主婦殺人事件
-経緯-
昭和41年5月21日、

無職の長谷川武(当時22歳)は、東京都・国分寺の 山田秀夫方に強盗目的で押入り、妻のA子さん(当時40歳)を塗装用ナイフでメッタ刺しして金員を奪って逃走した。
当日の夜、会社から帰宅した夫の山田さんが妻の無残な死体を発見し直ちに警察に通報した。
警察は、殺害現場である六畳間にあるスポーツ新聞から指紋を押収。照合の結果、窃盗逮捕歴の ある長谷川であることが判明。

同月25日、高円寺の自宅にいるところを逮捕した。
逮捕後の取調べで、「3月に勤めていた塗装店を解雇され借金の返済ができなく困窮。
父親は都電に轢かれて死亡、

弟は家出。

駅前で新聞販売している母親との2人暮らしで生活に苦しく て強盗をした」と動機を供述した。

長谷川は、5月に入ってから小金井周辺をうろついて数件の強盗事件を起こしていた。
-死刑確定-
昭和43年4月×日、最高裁は長谷川武の上告を棄却して死刑が確定した。
文鳥を飼っていた。 昭和46年11月9日死刑執行

521 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:09:14 ID:kdaCScIn

嫌な見方をすればじいさんの後悔オナニーショーだよな

522 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:09:23 ID:foBD6VQX

前日告知で土本さんにお別れの手紙出した。

523 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:10:13 ID:c1YR3yk6

確定から執行まで約3年か
理想的な期間だな

524 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:11:44 ID:foBD6VQX

中国なら犯行から執行まで1ヶ月なのに
新華社電によると、中国江蘇省泰興市で4月29日、幼稚園児ら32人を刃物で襲い
重軽傷を負わせたとして、殺人未遂の罪で死刑判決が確定した男(47)に対し
30日、同省泰州市で刑が執行された。

525 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:12:57 ID:foBD6VQX

土本さん誰の死刑執行に立ち会うのか????
うらやましすぎる

526 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:20:21 ID:AyYkklac

二人以上殺害で「殺意はなかった」って主張する奴って、じゃあ
どういう状況で「偶発的」の殺したのかを合理的に納得できるように
説明して欲しい

527 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:22:24 ID:kdaCScIn

母親はグモか・・・

528 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:23:09 ID:foBD6VQX

国分寺・主婦殺人事件
-経緯-
昭和41年5月21日、無職の長谷川武(当時22歳)は、東京都・国分寺の
山田秀夫方に強盗目的で押入り、妻のA子さん(当時40歳)を塗装用ナイフでメッタ刺し
して金員を奪って逃走した。
当日の夜、会社から帰宅した夫の山田さんが妻の無残な死体を発見し直ちに警察に通報した。
警察は、殺害現場である六畳間にあるスポーツ新聞から指紋を押収。照合の結果、窃盗逮捕歴の
ある長谷川であることが判明。同月25日、高円寺の自宅にいるところを逮捕した。
逮捕後の取調べで、「3月に勤めていた塗装店を解雇され借金の返済ができなく困窮。
父親は都電に轢かれて死亡、弟は家出。駅前で新聞販売している母親との2人暮らしで生活に苦しく
て強盗をした」と動機を供述した。長谷川は、5月に入ってから小金井周辺をうろついて数件の
強盗事件を起こしていた。
-死刑確定-
昭和43年4月×日、最高裁は長谷川武の上告を棄却して死刑が確定した。
文鳥を飼っていた。 昭和46年11月9日死刑執行。
遺骨は母が引き取るが母は事件があった駅のホームから投身自殺した。

529 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:24:19 ID:foBD6VQX

長谷川武
昭和46年11月9日死刑執行。
遺骨は母が引き取るが、その後、母は事件があった駅のホームから投身自殺。

530 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:25:09 ID:foBD6VQX

長谷川武の遺骨は群馬県の寺で無縁仏として供養された。
黙祷

531 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:27:45 ID:INaZv+7q

老害とっとと消えろ

532 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:29:47 ID:7ynlBjwU

あーあ。録画しとけばよかった。資料として貴重なシーンが非常に多かった。

533 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:30:18 ID:AxgauRUN

前科無いとか言ってたけど、あれは殺人の前科無しってこと?
どちらにせよ、以前数度の強盗事件を起こしてたことを言わないのはちょっと…

534 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:31:14 ID:INaZv+7q

胸糞悪いじじいだ

535 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:32:35 ID:E4uDAS4S

群馬県伊勢崎市の寺で無縁仏になってるのか・・・
お母さん自殺したんだね。

536 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:33:36 ID:kdaCScIn

今なら死刑にはまずならないのにな
当時の世相はこんなものだったのかな・・・

537 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:37:18 ID:E4uDAS4S

若松善紀なんかと同い年くらいだな<長谷川
>>532
多分また再放送やると思うよ
免田さんの番組もすぐにやってたし

538 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:41:11 ID:wxbiYwYl

>>533
あの土本さんの言い方だと、まるで初犯だよなあ。

539 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:44:23 ID:E4uDAS4S

>>520
同じ年の12月に尾田信夫事件があったっていうのもなんとも・・・

540 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:44:48 ID:7ynlBjwU

>>537
だといいなあ。毎日確認するよ。
ttp://www.nhk.or.jp/etv21c/saiho/index.html

541 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:50:19 ID:7ynlBjwU

イラクで香田が首を切られたときとサダム・フセインが処刑されたときの動画は保存してある。
自分が死刑求刑事件の裁判員になったら何度も再生するだろう。

542 :朝まで名無しさん:2010/05/30(日) 23:52:45 ID:1T7CwE/l

さっきNHK見てなかったのかおまいら

         

歴代死刑囚について語ろう~確定六十四年目~

5月30日(日)放送

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写真・左:語る土本武司氏
写真・右:死刑囚からの手紙

裁判員制度が始まり、司法への関心が高まっている。千葉法相は、死刑に関して国民的議論をしていきたいと述べた。こうした中で元裁判官など司法関係者も発言し始めている。しかし依然として厚いベールに覆われていたのが“検察”であった。その最高位にあった人物が重い口を開こうとしている。最高検察庁元検事、土本武司氏75歳である。
検察は、司法の中で唯一、捜査の初期段階から最終の判決確定まで一貫して現場に立ち、また死刑の執行を指揮する立場にもある。いわば死刑について最もよく知る立場である。土本氏は「国民的議論」のために、これまで自分が司法の現場で向き合ってきた「死刑」の現実について今話しておかなければならないと考えるようになった。

土本氏には、死刑をめぐって生涯忘れられない記憶がある。31歳の時、自ら取り調べた容疑者(犯行当時22歳・一人殺害)に死刑を求刑し、最高裁で確定させた事件である。死刑囚となったその青年と、土本は死刑が執行されるまで手紙を交わしていたのだ。手紙から、変わりゆく死刑囚の心情をくみ取った若き日の土本は、執行を止められないかと上司に恩赦をかけあうが死刑は執行された。「検事」と「人間」―ふたつの人格が心の中でせめぎあう。
土本氏が自らの体験を公にしようと決意した最大の理由は、裁判員制度の開始である。人を裁き、死刑を言い渡す義務を負わされる市民に、死刑の現実は全く知らされていない。これまで、死刑囚のプライバシーを理由に一切の情報が遮断されてきた。死刑についてはこれまで情報が無いために、正面から議論されることもほとんど皆無だった。また議論があっても、それは死刑を知らない机上の議論でったと土本氏は感じている。土本氏は、現場で考え続けてきた自らの思いや、死刑の現実を通して知ったその「重み」を伝えることで、開かれた議論のために一石を投じたいと決意している。
番組は、これまで日本の司法界でどのような議論が行われてきたのかを振り返りながら、その中枢で一人の検事が死刑とどう向き合ってきたかを再検証する。そして死刑に関する思索を深める。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html

 

死刑を求刑した検事 

Jei : 2010.6.3 

 裁判員制度は支障なく進められてきているような錯覚に陥っている。しかし,この制度の本来の趣旨である死刑に対する裁きはまだ一度も行われていない。簡単に言ってしまえば,混乱を招くような事案は先送りされているだけのことなのだ。そして,国民に免疫ができたと思ったら,一挙に死刑求刑(無期刑)の裁判が始まるのであろう。混乱を避けるというよりも,質の悪い作為的な行為にしか見えないのは,裁判員制度に反対だからだろうか。
 こんな中,先日(5/30)NHKTV「EV特集」でただ一度の死刑求刑を出した検事と,死刑判決を受けた死刑囚との交流の中から,この制度(死刑制度のそのものに重点が置かれている)を考える特集が組まれた。静かに流れる映像の中には,純粋な人の精神が凛と張り詰めていて,今後この裁判制度に加担することは,自ら犯罪者(死刑判決を出す)になるににも等しい,とんでもない制度だということを見つめざるを得なかった。NHKの意図は慎重に裁判員をやってくださいということだろうが。
 これは,元最高検察庁検事 土本武司さん(75歳)と,死刑囚の制度との絶ちがたい静かな闘争の記録でもある。推理小説を紐解くような構成で,次々と,どんでん返しが待っていた。

時:昭和41年5月21日。
犯罪:長谷川 武(元塗装工22歳)が国立で40歳の主婦をナイフで刺し殺し,現金2030円とネックレスなどを奪って逃走。
罪状:強盗殺人。
担当検事:土本武司捜査検事(当時31歳),公判検事は別の人が担当。
求刑:死刑

 土本元捜査検事は,「(当時)荒らされっぱなしの(悲惨な)現場を見て,ご遺族と一緒に・・・厳重な処罰をしようという気持ちでした」「犯行は,事前に新聞やナイフを用意する計画的なもので,金を奪うために強い殺意をもって,家に押し入った」と見て,取り調べた。殺意の有無は罪の重さを判断する重要な要素だが,長谷川容疑者は容疑をすべて認めました。「容疑者は嘘をつくとか,黙秘権を行使するとかは一切なかった」土本元検事は長谷川容疑者を強盗殺人罪で起訴,別の公判検事に跡を継いだ。(捜査から起訴までを担当するのが捜査検事で,裁判を担当するのは公判検事で分かれている)
 裁判でも,長谷川被告は,強い殺意と計画性があったとする検察の起訴事実をすべてを認めました。検討の結果検察は死刑を求刑し,昭和41年11月,東京地検八王子支部は求刑通り死刑を言い渡しました。当時を振り返って土本元検事は「怒りみたいなものもありましたから,極刑の判決が出たということは,率直に言って検察官として成功した」「我ながらによくやったという気持ちがあったんですね」。
 当時高度経済成長経済の最中,八王子市の人口は10年で2倍にふくらみ,犯罪件数も増えていた。裁判官や検察官の数は慢性的に不足し,特に東京地裁八王子支部は日本で一番忙しい裁判所とまでいわれた。土本検事も仕事に忙殺されていた。
 そんな中,昭和42年1月1日,長谷川武死刑囚から,土本元検事のところに一通のはがきが届いた。土本氏は差出人の名前からして,内容は「怨嗟」という恨みの内容かと思ったそうだ。ところが内容は「年賀の挨拶とお礼が書かれていた」。土本氏は気になり,7ヵ月後に礼状を送り返した。その頃長谷川死刑囚は,二審の高等裁判所の裁判を受けるために,八王子から東京拘置所に移っていた。そして,土本氏に返礼の手紙が書かれていた。それは丁寧な内容で,「土本氏からの返礼」をとても喜んでいる様子がありありと見える。そこには殺人者という姿も見えない,実に奥ゆかしい内容だ。
 長谷川死刑囚は当時どんな生活をしていたのか,どんな人だったのか。今となってはすでに住所も建物(長屋だった)もなくなっていた。当時の様子を知る人の話によると「お父さんはおとなしい人なんだけど,お酒を飲むと酔っ払っちゃって,それで電車に轢かれてなくなった」という。そして(お母さんは)「年中大きな声で怒鳴っていた」ということだ。「お父さんやお母さんの印象はあるが,子どもさんはただおとなしいという感じ」でしかなかったようだ。近所の人は事件を知り,死刑になったのを聞いて「なんで」「かわいそうに」という気持ちだったという。どうも事件を起こしたこと,それも死刑になるようなことが,長谷川武と結びつかないような(以外な)話しぶりである。
 長谷川死刑囚の父親は戦争で片足が不自由になり,戦後は自宅で襖などを修理する経師屋を営んでいた。両親と兄弟の4人家族で,長谷川死刑囚が小学校1年のとき(昭和26年1月),父親は都電に引かれてなくなっている。父がいなくなり,母親は地下鉄前で新聞売りをして子どもを育てた。長谷川死刑囚と同級だった人の話によると,遊んでいても「いるか,いないか分からないような」存在であり,教室では「給食費を持ってこない」子で「さびしそうな顔をしていた」という。
 中学卒業後,高校には進学できず,就職を転々とした。そして最後に働いたところが自動車の「板金工場」だった。経営者夫妻は「本当にまじめだった」「すごくきれいに仕事する人,無駄口一つしないでね・・・」「(車が)事故したようには見せない。それはすごい。あの若さでね・・・」と主人が言うくらい,丁寧に板金塗装ができる腕を持っていたということだ。ところが,突然仕事場から姿を消してしまい,2ヵ月後に事件を起こしたのだ。犯行に使われたのは工場で使っていたナイフでした。主人の加藤さんは長谷川死刑囚の減刑を求めて,八王子へ証人として出かけた。ところが法廷では逆に責任を問われた。主人は「彼を弁護しようとしたのだが,お宅から出たものが,犯罪を犯した」(と言われた)「主婦を殺したことは事実だ。だからそれは残念だ」と涙ぐみながら話している。
 人々の心に残る長谷川死刑囚は,おとなしくてまじめな青年でした。ここには,犯罪者というイメージは見えない。その青年がなぜ事件を犯したのか。(続く予定)

http://pub.ne.jp/newjei/?entry_id=2956909

死刑を求刑した検事(2) 

Jei : 2010.6.4 

【司法の立場からの反省】
 裁判の詳細を知るために,当時の記録を求めた。記録は裁判の公開原則に基づいて公開されることになっている。しかし,現状はプライバシーの保護などを理由に,ほとんど非公開にされている。当時の検事である土本氏は捜査資料などを求めたが,やはり断られ,コピーが取れたのは「判決文などの一部のみ」でした。
 得られたのは一審,二審,最高裁の判決文と長谷川死刑囚が書いた上申書だけだった。
 一審判決では,犯行動機について「衣類など高額な買い物をするなどして,金に困って窃盗を繰り返し,仕事を止めた後は生活費にも困り,強盗殺人に及んだ」と書かれたいた。初めて判決文に目を通した土本氏は,死刑判決であるにもかかわらず,判決文が2枚しかないことに驚いたという。それは死刑という極刑に対して「あまり深刻に捉えないで,さらっと,当然なものである」という裁判所の捉え方を感じると言うのだ。土本氏は起訴後のことはかかわっていないが,普通極刑である死刑に対しては「罪責が重大で,あらゆる情状を考慮してもなお,極刑が避けられない場合に限る」ことになっている。それに対して長谷川死刑囚の判決文は「残忍にして非道,罪をなんら反省することなく,凶悪性,反社会性,社会的危険性はまことに強度で極刑をもって望むほかない」と,断じている。一審の法定ではどのような審議を経て極刑が下されたのだろうか。
 当時の裁判官の一人泉山禎治(74歳)は年間200件もの裁判を扱っていた。当時を振り返って「公判の回数が少ないのとですね,記憶に残る弁護があまりなかったという気がしますね」という。弁護人を雇う金がなかった被告には,国の費用で選任される国選弁護人がついていました。泉山さんの当時の記録には公判は2回しか書かれていません。そして「今になって思えば,当時合議のときに『前科がなかったことに驚いていた』,生活・仕事ぶりなど,人の性にするわけじゃないけど,弁護で情状を訴える内容がいっぱいあったのじゃないか,そういう(弁護がなかった)気がする」と話している。「審議はすんなりと終わってしまった」「淡々と進んだ」という。
 長谷川死刑囚は,十分な弁護を受けず,裁判の審議もわずかな期間ですんでいた。このあたりは今度の裁判員制度でも,能率化がはかられていて,公判前整理手続きが取り入れられている。これは公判日数減らすためのものだ。
 土本氏は「今でも事実認定が間違っているとは思わない」しかし,「犯罪を行う彼の背景としての,生活,心の動きというものについては,果たして法律関係者(検察,弁護士,裁判官)が本当に正しい認定をしたのかという反省の気持ちあはある」という。
【死刑囚は犯した犯罪にどう向き合っていたのか】
 一審で死刑になり,二審から弁護を引き受けた小林健治弁護士の遺族が,長谷川死刑囚が弁護士に当てた手紙をまだ持っていた。そこから紐解かれる事実。
 まず,なぜ小林弁護士がこの事件の弁護を引き受けることになったのか。それは,42年東京弁護士会から「引き受けてのない死刑事件がある。国選弁護人を引き受けて欲しい」という連絡があったことから始まる。そして,大量の手紙の中に,長谷川死刑囚が死刑になって5日目に母親に宛てた手紙があった。

母さん。その後お変わりございませんか。僕も元気で収容生活を送っていますから,ご安心ください。もっと早くこの手紙を書く予定でしたが,いろいろ考えることがありまして,今日まで延びてしまいました。今の僕の気持ちは,考えに考えたすえ,この僕の刑罰を,このままお受けさせてもらいたいのです。僕は控訴はしたくないのです。被害者の立場に立ってよく考えると,よく分かるのです。僕は被害者のためにも,お受けするのが本当の償いのような気がします。僕のやってしまったことは,僕の刑罰以上のことをやってしまったため,お受けするのが本当のような気がします。被害者にも申し訳が立つというよりも,償いの一番近いところへ行くような気がするのです。僕を裁くのは自分自身が一番よく分かり,一番正しい裁きができるような気がするのです。最後の裁きは僕にさせてもらいたいのです。

なんという償いの言葉なのでしょう。これだけの深い言葉が生まれたということは,心底罪を償いたいという気持ちの現れでしょう。
 しかし,控訴を取り下げたいとする息子に対し,母はなんとしても生きて欲しいと願っていました。母は,息子からの手紙を持って,小林弁護士のところへ飛んできました。それはそれは大きなカステラを風呂敷に包んで「息子をよろしく」と言いに来たのだろう。しかし,国選弁護人である小林氏はそれを受け取らず返した。小林氏は国選弁護人となり,長谷川死刑囚を説得して,控訴を行いました。
 罪を心から悔いている23歳の死刑囚に,日々面会し手紙を交わすうち,小林弁護士は「このまま死刑にする事は忍びない」と思うようになります。そして,国選弁護人から私選弁護人に切り替えて,手弁当で弁護を続けました。しかし,二審の高等裁判所でも42年控訴棄却になり,死刑判決は覆りませんでした。
 小林弁護士は最高裁の審理を前に,長谷川死刑囚に「最後に思うことを余さず上申書に書くように伝えました。長谷川死刑囚が自ら事件について語った上申書は23枚にも及びます。この中で長谷川死刑囚は重大な告白をしていました。死刑判決の大きな理由とされた,「明確な殺意」を否認していたのです。「ナイフは脅すつもりで持っていったこと」「主婦に見つかりナイフを取り上げられたこと」「ナイフを奪い合って揉み合いになり狼狽したこと」そして「無我夢中で刺し殺してしまったこと」「刺した瞬間『しまったあ』と思ったことだけははっきり覚えている」と書かれていました。
 しかし,翌昭和43年,最高裁は上告を棄却し「死刑判決が確定」しました。

 土本氏は「これ(上申書)を一審からやらなければいけない」という。その理由は「最高裁は憲法違反か,高裁以上の判例違反しか本来やらないところですからね」ということだ。これはよく言われるのだが,未だによく分からない。日本は三審制ではないのか?普通の犯罪者には二審制なのかということ。そして,上申書を受け取るということは,読んで判断をするということだ。だから,最高裁が「上告棄却」としたことは「死刑に値するという判断を下した」ということになるだろう。ただし,判決理由も何もないので,これは大いなる制度上の欠陥だと思う。もし,殺意に問題があるのなら,最高裁は差し戻しにできるのではないか?ここら辺の裁判のあり方に関して,「裁判員制度は裁判官を裁判すべき」であろうと思うのだ。
 多分,そんな難しいことは素人にはできないという驕りがあるのだろう。だから国民審査がいい加減のままで,放置されているのだ

 長谷川死刑囚からの手紙が一年間途絶えたので,土本氏は「東京拘置所に」彼の安否を尋ねる手紙を出していました。
 そして,拘置所職員から,「まだ死刑は執行されていないこと」と長谷川死刑囚の日々の様子が書かれた手紙が届いた。そこには「現在の生活態度と,主婦を殺害し金を奪った重大犯人とを,結びつけることは困難に思えること」「被害者の命日には,その冥福を祈るために,長谷川死刑囚自ら読経を願い出ている」と書かれていた。また「面会に来て悲嘆にくれる母親を,長谷川死刑囚自身が慰めていること,そして土本検事から問い合わせがあったことを伝えると「頬を高潮させて喜んだ」とありました。(5/30 NHK つづく)

http://pub.ne.jp/newjei/?entry_id=2962153

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